万葉の昔より詠まれている七夕
織女し船乗りすらし真澄鏡 清き月夜に雲起ちわたる 大伴家持
天の川楫の音聞こゆ 彦星と織女と今夜逢ふらしも 読み人知らず
7月10日鉾建てがはじまります。
昨年その様子をTOSHIさんが撮影して私の
画像BBSに届けてくださいました。
『縄がらみ』という独特の結び方で組み立て
られていくのが、実によくわかります。
みなさんにご紹介したくてTOSHIさんにお願い
してUPさせていただきました。
e
gallery
http://www.asahi-net.or.jp/~ba7t-nkjm/
祇園囃子 山鉾の上で囃されるコンチキチンは、室町時代末期に能楽の
影響をうけて作られ江戸時代に現在の囃しになったといわれ
ています。鉦(かね)・太鼓・笛がつかわれています。
くじ取り式 17日の巡行の順番をきめます。ただし、先頭の長刀鉾、最後
の南観音山など1部の順番は固定しています。
鉾建て 釘を1本も使わずに縄だけを用いて『縄がらみ』と呼ばれる独特
の結びかたで鉾を組み立てます。
ちまき 祇園祭につきものの、「ちまき」、これは、食べられるものではなく
『夏越(なごし)の祓い』のときにくぐる「茅の輪」が変化したものと
されています。家の門口につるし翌年の祇園祭に新しい「ちまき」
と取り替えるまでの厄除け・災難よけとします。
鷺舞 鷺舞は、昔、京都祇園会に風流として舞われたものが、400年ほ
ど前に津和野に伝えられ、現在は津和野にうけつがれたものを
参考にして、京都でも,再び舞われるようになりました。
宵山 山鉾巡行 鷺舞
(『辻回し』は地面に車の回転軌跡にあわせて濡らした
割り竹をひき、前輪をその上にのせ、音頭とりの掛け声
に合わせて曳き手が力いっぱい綱を曳き鉾を回転させます)
祇園祭は、八坂神社の例大祭で、昔は祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)といわ
れていました。
貞観11年(869年)に疫病が蔓延し、それを鎮めるために66本の鉾を神泉苑
に立て、牛頭天王(ごずてんのう)に祭ったのが始まりといわれています。
天禄元年(970年)に『毎年の儀』となりその後、1000年余にわたって、各山鉾
町の町衆によって受け継がれています。現在、山鉾は、全部で32基あります。
祇園祭といえば、宵(々)山と山鉾巡行のことと思われがちですが、7月1日の
「吉符入り」から7月31日の「夏越祭り」までを祇園祭とし、宵山や山鉾巡行は
祭りの中の一つの神事だと考えられています。次々と神事や行事が続きます
が、いくつかをあげてみると、7月1〜5日吉符入り7月2日くじ取式、7月10〜
12日鉾建て、7月10日神輿洗い、7月13日稚児社参、7月12〜14日鉾ひき
ぞめ、12〜14日山建て、13〜15日山ひきぞめ、15日宵宮祭、17日山鉾巡行、
神幸祭、24日花傘巡行、還幸祭、28日神輿洗い、29日神事済報告祭などがあります。
七夕の笹飾り 笹竹は、竹の強力な生命力や
葉のもつ強力な殺菌力などにより、魔よけの力を持つとされ、七夕の神
である織姫・彦星にささげものをするときの目印にたてたのが始まりで、
のちに捧げものが変化して今のような飾り物になったときに、笹竹に取り
付けられて、今のような笹飾りになったのではないかと、いわれています。
五色の短冊 もとは、五色の布が使われていたとか。裁縫や機織が上達する
ことを願って、織姫に捧げたとされています。のちに高価な布のかわりに
紙の短冊となり、裁縫や機織の上達という以外の願い事を書くようになっ
たようです。折り紙で作った網なども織姫の機織の糸や布をあらわして
いるようです。
七夕伝説
みんなが知っている七夕の話は今から
2000年年ほど前に、すでに
中国で織姫と牽牛のラブロマンスとして
伝えられていたようです。日本へは1300
年ほど前、奈良時代のころにつたえられ
たとされています。
祇園祭 コンコンチキチキ コンチキチン
ゴブラン織りに ペルシャ絨毯 突き立つ鉾が
燃える熱気をかきわける
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鷺は八坂神社の神の使いとも言われ、鷺の舞も登場しますが、今年、上記の
TOSHIさんが実物の鷺の舞う姿を撮影されました。
BBSにいただきましたので紹介しておきます。素晴らしい舞姿ですね。
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京言葉ふさわし今宵
宵宮の祇園ばやしの流れくる町 九条武子
続いてお稚児さんを・・・・。
7月7日、綾傘稚児社参が行われました。
数ある山鉾の中で稚児がのるのは長刀鉾
と綾傘鉾だけ。
早速TOSHIさんが届けてくださいました。
